Lab of Molecular Neuroscience -Furuichi Lab
A web site for alumni of the Furuichi Laboratory
古市研究室の同窓生のためのサイト
and the Laboratory for Molecular Neurogenesis, RIKEN Brain Science Institute (1999~2010)
東京理科大学理工学部応用生物科学科(2011~2020)と理研脳科学総合研究センター分子神経形成研究チーム(1999~2010)
CAPS2/Cadps2の欠損は、マウスにおいて膵臓外分泌細胞の損傷と
分泌顆粒の細胞内集積を誘導する
Loss of CAPS2/Cadps2 Leads to Exocrine Pancreatic Cell Injury and Intracellular Accumulation of Secretory Granules in Mice
Sato Y, Tsuyusaki M, Takahashi-Iwanaga H, Fujisawa R, Masamune A, Hamada S, Matsumoto R, Tanaka Y, Kakuta Y, Yamaguchi-Kabata Y, Furuse T, Wakana S, Shimura T, Kobayashi R, Shinoda Y, Goitsuka R, Maezawa S, Sadakata T, Sano Y, and Furuichi T., Frontiers in Molecular Biosciences, 9:1040237, 2022.
https://doi.org/10.3389/fmolb.2022.1040237
膵腺房細胞のエキソサイトーシス(外分泌)機能は、消化酵素の分泌に必須であり、食物代謝に不可欠です。膵臓の外分泌調節の機能不全は、生活の質を低下させ、平均寿命を縮めます。慢性膵炎は、膵機能障害の主な原因の一つです。危険因子には、アルコール、喫煙、および特定の遺伝子変異が含まれます。しかし、根底にある遺伝的メカニズムは完全には理解されていません。私たちの研究チーム(東京理科大学、北海道大学、東北大学、理化学研究所バイオリソース研究センター、東京薬科大学、群馬大学)は、神経調節物質分泌の既知の調節因子であるCAPS2/Cadps2*が、炭水化物の分解に不可欠な酵素アミラーゼの効率的な膵臓分泌にとって重要であり、CAPS2/Cadps2の欠損は膵臓外分泌を担う腺房細胞の損傷を引き起こすことを明らかにしました。
■ 分泌関連タンパク質CAPS2/Cadps2は、神経伝達物質、神経ペプチド、およびペプチドホルモンの放出に関係する有芯小胞の輸送やエキソサイトーシスの調節において重要な役割を果たします。Cadps2遺伝子ノックアウト(KO)マウスは、野生型(WT) マウスと比較して、摂餌量がわずかに増加しているにもかかわらず、生涯を通じて体が小さく、体重が少ないという一見矛盾した問題があります。重要なことに、CAPS2 は、有芯小胞の一種の分泌顆粒(あるいはチモーゲン顆粒)のエキソサイトーシス現象による消化酵素の分泌を担う重要な器官である膵臓外分泌組織で発現しています。しかし、CAPS2 が膵臓腺房細胞の消化酵素を含む分泌顆粒の小胞輸送やエキソサイトーシス経路に影響を与えるかどうかについては、まだ不明でした。研究チームは、3つの遺伝子改変マウス(Cadps2 KOマウス、膵臓特異的Cadps2 cKOマウス、細胞内局在欠損型Cadps2-dex3マウス)を利用して、この問題に挑戦しました。
■ CAPS2欠損は、分泌顆粒の生成とトラフィッキングのための粗面小胞体(rER)やゴルジネットワークの微細構造の劣化、分泌顆粒とその内容物であるアミラーゼの過剰な細胞内蓄積、異常な小胞構造の出現など、さまざまな異常を引き起こし、それによって血清中のアミラーゼ活性が低下します。さらに、KO マウスは、腺房の進行性の萎縮、脂肪細胞および間質細胞の増加を含む病態生理学的表現型を示し、実験的に誘発された膵炎マウスモデルで観察されたものを連想させる膵腺房細胞の萎縮、線維化、および強い局所炎症を引き起こしました。膵臓特異的Cadps2 cKOマウスも、グローバルなCadps2 KOマウスと同じように、分泌顆粒とアミラーゼの異常な細胞内蓄積を示しました。
小胞体 - ゴルジ体輸送経路における異常
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HE染色における好塩基性、ヘマトキシリン陽性シグナルの減少、エオシン陽性シグナルの増加
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カルネキシンcalnexin (小胞体のマーカー分子)の免疫反応性の低下および不規則さ
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GM130 (シスゴルジネットワークのマーカー分子)の免疫反応性の低下および不規則さ
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TGN38 (トランスゴルジネットワークのマーカー)の免疫反応性の低下および不規則さ(斑点状染色の増加)
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歪んだり拡張した粗面小胞体(rER)、膨潤したり拡張したゴルジ体の電顕像
膵臓外分泌の異常
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アミラーゼ免疫反応の細胞質内蓄積(エキソサイトーシスの減少)
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分泌顆粒(チモーゲン顆粒)の細胞質内蓄積(エキソサイトーシスの減少)
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膵臓タンパク質抽出液中におけるアミラーゼ酵素活性の増加(エキソサイトーシスの減少)
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血清サンプル中におけるアミラーゼ酵素活性の減少(エキソサイトーシスの減少)
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初代膵腺房からのコレシストキニンCCK-8誘導性のアミラーゼ分泌能の低下(エキソサイトーシスの減少)
膵腺房細胞の損傷
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CD3陽性細胞の増加(T細胞の浸潤、炎症)
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alpha-SMA免疫染色とアザン(azan)染色でみられるコラーゲンの増加(膵星状細胞(PSC)の活性化、線維化)
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TUNEL陽性細胞の増加(カスパーゼ依存性アポトーシス)
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電顕像で異常な細胞な構造の出現 (異常な粗面小胞体とゴルジ体、膜構造様の物質を含むあるいは空の液胞、繊維状顆粒、低電子密度の未成熟あるいは小型の顆粒)
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萎縮した腺房細胞や脂肪細胞の出現(腺房細胞の変性や脱落、脂肪細胞の浸潤)
■ 興味深いことに、非アルコール性の慢性膵炎患者において、稀なCADPS2遺伝子変異型(CAPS2タンパク質の細胞内局在に重要な領域であるexon3のコード領域内の p.Met224Val)を特定しました。エクソン3が欠失した選択的スプライシング亜型(dex3)を発現するCadps2-dex3マウスも、KOおよびcKOマウスと同様の膵臓表現型を示したため、エクソン3領域はCAPS2タンパク質機能における重要な役割を果たしていると示唆されます。
Domain structure of CAPS2/Cadps2 protein
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Full: One of the representative types of CAPS2/Cadps2 protein consisting of most exons (full-length type)
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dex3:CAPS2/Cadps2-dex3 protein, a rare alternative splicing isoform lacking the exon3-coding region
A non-synonymous variant of c.670A>G, pMet224Val (rs942072846) is located in the exon3, which is resposible for the subcellular localization of CAPS2/Cadps2 protein to axons of neurons.
SG, secretory (zymogen) granule; IG, immature secretory granule; G, Golgi; CGN, cis-Golgi network; TGN, trans-Golgi network; rER, rough endoplasmic reticulum; ERGIC, ER–Golgi intermediate compartment; PSC, pancreatic stellate cell; TC, T cell; N, nucleus.
■まとめ
これらの研究の成果は、CAPS2/Cadps2による膵臓の外分泌調節に関する重要な洞察を提供すると考えられ、CAPS2/Cadps2が生活習慣に関わる膵臓疾患の危険因子であることを示唆しています。Caspd2 KOマウスは、慢性膵炎や膵外分泌不全の新規モデルマウスになると期待されます。
コラム
* 現生人類とCAPS2/Cadps2
現生人類とネアンデルタール人は、約50万年前に共通の祖先から分岐したようです(1)。 2010年、スヴァンテ・ペーボ博士らのグループが、ネアンデルタール人の骨化石からゲノムDNA配列を解読する論文を発表しました(2)。これらの研究成果により、ペーボ博士は 2022 年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました(3)。興味深いことに、彼らは現生人類のゲノムにはネアンデルタール人固有の DNA 配列が 1 ~ 4% 含まれていて、また生存に有利な変異が集団中に急速に広まったと考えられる正の選択的スイープの領域が 20 箇所あると報告しています。その領域の 1つに第 7 染色体上の CADPS2 遺伝子座が含まれています。私たちのグループは、CADPS2 遺伝子変異と自閉スペクトラム症との関係について以前に報告しました (4-6)。ペーボ博士らは、私たちの論文(4)を引用して、社会性と認知の発達に関与する遺伝子が、現生人類の初期の歴史において積極的に選択されていた可能性を議論しています(2)。同様に、CADPS2 変異が膵腺房細胞損傷にも関連していることを示す今回の発見を考えると、CADPS2は食物代謝におけるはたらきの面でも有利な遺伝子型として、現生人類史の初期に選択された可能性が推測されます。
(1) A. Gibbons, Science, 328 (5979): 680-684, 2010
https://doi.org/10.1126/science.328.5979.680
(2) R.E. Green, et al., Science, 328: 710-722, 2010.
https://doi.org/10.1126/science.1188021
(3) Presse release, The Nobel Assembly at Karolinska Institutet
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2022/press-release/
(4) T. Sadakata, et al., J. Clinc. Invest., 117: 931-943, 2007.
https://doi.org/10.1172/JCI29031
(5) T. Sadakata et al., Proc. Natl. Acad. Sci., U.S.A. 109 (51): 21104-21109, 2012.
https://doi.org/10.1073/pnas.1210055109
(6) S. Fujima et al., J. Neurosci., 40 (20): 4524-4535, 2021.